西寺の跡に来てみたら

羅城門をはさんで、左右対称に堂塔が配された東寺と西寺は、796年に同時に建設された兄弟寺である。 東寺は現在、世界遺産に登録されるなど新しい歴史を刻むが、 西寺は1223年に焼失し、廃寺。完全に歴史は途絶えた。

西寺跡

東寺から歩けば、意外に遠い。15分はかかっただろう。

南大門を出て、国道1号線に沿って西へ歩き、九条御前通りを北へ折れ、住宅地をすり抜け、唐橋小学校から道を1本挟んだ、北向かいにある西寺児童公園に、ぼくは今いる。

ここは公園というより変わった形をしたグラウンド、というのが第一印象である。真上から見ると、ちょうど「ロ」の字形になっていて、その四辺が砂地のグラウンドだ。
そして中央部分は、なだらかな傾斜を持った丘。この丘が、平安時代から400年余り存在した、西寺の今の姿だ。 両脇の大木に守られるようにして、「史蹟 西寺址」と刻まれた石碑が1柱と、礎石3個を残す。

西寺跡

東寺の面積と同じ大きさの寺だったから、現在のJR京都〜西大路駅間を走るレールの上も一部分はかつての西寺だったのである。
「京都の地下には、とんでもないものがゴロゴロ埋まっているけど、いちいち驚いてなんかいられないわッ」と、スパッと割り切るのも、京都を観光するには必要だぞッ。うん。

西寺跡

失礼して礎石のひとつに腰掛け、一休みすることにした。
四辺のグラウンドは、広くない。
しかし南側の一辺では少年サッカーチームがコーチに付き添われシュートの練習をしている。東側の一辺では、少年野球チームが
キャッチボールをしている。ひたむきに汗している少年たちの夢は、プロサッカー選手かな。メジャーリーガーかな。

不来方(こずかた)のお城の草に寝転びて
空に吸はれし十五の心            

(石川啄木)

夢と希望にあふれた少年の頃を回想して、
作者は晩年、この詩をつづったという。

西寺の跡に来てみたら、
ふと、啄木の詩が、
ぼくの脳裏に浮かんだのである。

写真と文 / 高橋友和

■西寺跡・・・
市バス「九条七本松」停下車 徒歩3分



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