船岡山のキオク 後編

船岡山は、南北に走る千本通りと、東西に走る北大路通りの交差点付近にあります。 いきなり余談ですが、俳優 北大路欣也さんは、自宅が北大路通りのそばにあったので 芸名を「北大路」にしたそうです。 さて、今回は実際に船岡山を歩いてみました。

船岡山

船岡山は標高約112m、面積約25000坪、山の周囲約1100m。
ほんとに小さな山である。
しかし人口密集地に位置するにもかかわらず、山には帰化植物がほとんど入り込んでいないというから驚きだ。
なぜなら、山全体が国の史跡に指定されていると同時に、市の風致地区にもなっていて、山の形状を変更することはもちろん、犬の散歩でさえ規制された場所だからだ。

船岡山公園

山の中腹は現在、野外ステージ付きの市民公園になっていて、近隣住民にとっては憩いの場である。

日曜日の昼下がり。春の陽気に誘われて、トランペットを練習する高校生たち、ジョギングする中年男性、ブランコやすべり台で遊ぶ親子連れ、語らうカップルなどなど。なんて、牧歌的なんだろう。

船岡山眺望

散策路をさらに歩く。
たった5、6分歩くだけで、もう山頂である。山の西南に位置する場所だ。山頂よりJR京都駅方向(南南東)を望む。春の日差しが気持ちいい。そして眺望のすばらしいこと。

この方向には東山三十六峰を背景に、京都タワーとJR京都駅を小さく見ることができる。東山の手前にみえる濃い緑、おそらく伏見の桃山御陵だろう。標高112mの山なのに、ずいぶんと見晴らしがいい。それは京都市の海抜が南へ行くほど低くなり、北と南で大きく高低差が生じたからである。

たとえば船岡山の北を走る北大路通り(北区)と、羅城門のあった場所、現在の東寺付近(南区)では、約55mもの高低差がある。東寺の五重塔がほぼ55mの高さだ。つまり北区の住民はちょうど五重塔のてっぺんを歩いているようなものである。同じ市内でも、北と南ではこれだけの高低差があるのだ。

船岡山眺望

大文字山である。山の真西にあり、左大文字を眺められる。 船岡山といえば、8月16日の五山の送り火のうち、鳥居形以外の4つを眺めることが できるスポットなのだ。毎年このときだけ、わんさかと人が山へ登るのである。

船岡山眺望

右京区方面を望む。背景は嵐山である。塔が見える。右京区御室(おむろ)にある、仁和寺の五重塔だ。仁和寺は世界文化遺産に登録されている。 五重塔の手前に時計台が見える。立命館大学である。時計台がこの大学のシンボルでもある。

船岡山 空堀

貴族がこの山でわらび採りや和歌に興じた、風雅な時代は長くは続かない。たいへん重要な軍事拠点でもあったのである。北部の丹波方面から都への敵の侵入を防ぐには、北の最後の砦となるからだ。

京都を10年に渡って焼け野原にした応仁の乱(1467〜1477)では、
この山を奪うために東軍の細川氏と西軍の山名氏が、激しい攻防戦を繰り広げた。今でも船岡山から南の一帯を「西陣」と呼ぶのは、西軍の山名氏が陣を構えたからである。 応仁の乱を機に、時代は否応なく戦国乱世へと突き進む。

写真は、船岡山城が築かれた当時の、長さ約300mの空堀(からぼり)の跡である。公園のすぐそばに530年前の遺跡が残っている。まさに「つわものどもが夢のあと」だ。

この小さな山を巡る歴史は波乱万丈である。最初に船岡山に公園をつくろうと考えた人たちは、ゆったりとした時が流れた平安初期まで時間を巻き戻したかったのではないだろうか、と思う。

船岡山 桜

今年も船岡山に桜が咲く。
もしかすると船岡山の桜は、 戦火に散った命の数だけ、
花を咲かせるのかもしれない。

写真と文 / 高橋友和

■船岡山・・・
北大路バスターミナルより、バスで約10分。
「船岡山」停 下車すぐ



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