なんとなく朱雀門

みなさんこんにちは。
京都の2月は、1年のうちでも観光客が比較的少ない時期にあたります。だから市バスに乗るときも、お店の順番待ちも、夏や秋ほど長い時間並ばなくてもいいんですよ。
今のうちに風水スポットを全部訪れたいなぁなんて思います。
さて、今回紹介するのは朱雀門です。

ぼくは今、JR山陰本線二条駅の前に立っている。ここには平安京の遺跡発掘に関わる陶製の案内板があり、平安京を知るためにも、まずは寄っておきたいスポットである。

JR山陰本線二条駅

平安京の復原イラスト

2枚目の写真は、駅東口にある、案内板に描かれた平安京の復原イラストを写したものである。手前が北になっていて、こんもりした丘にみえるのが船岡山である。ぼくが立っている場所は、写真中央の赤い点の位置にあたる。

平安京は京都盆地のほぼ中央に位置し、東西約4.5km、南北5.2kmの規模で建設された。平安京の北方中央には、大内裏(だいだいり)がある。現代でいえば、皇居と霞ヶ関の官庁街がひとつにまとまった区画のことだ。

大内裏は平安宮ともいい、東西約1.2km、南北約1,4kmの規模である。周りを築地塀(ついじべい)で囲まれ、14の門が造営されていた。そのうち12の門には氏族の名前がつけられていて、真南の門は大伴氏が警護していたため、大伴門と呼ばれていた。
ところが818年、すべての門を中国風に呼び変えることになった。
大伴門は南門であることから、四神相応の思想に照らして朱雀門と名づけられたのだ。

朱雀門は応天門、会昌門とならんで平安宮の三大重要門とされている。その証拠に、朱雀門では毎年6月と12月に、けがれを祓う儀式がおこなわれたそうだ。大内裏の正面玄関だけあって、けがれを祓う神聖な場所、との意思が感じ取れる。

朱雀大路

上の写真はJR二条駅東口から見た平安京のメインストリート、朱雀大路の現在の姿である。
今では千本通りと呼ばれ市内を南北に貫くが、必ずしも朱雀大路と同じ位置に通っているわけではない。
千本通りも京都市内の道路としては比較的道幅は広い方で、10数mはあるだろう。
しかし朱雀大路は道幅が約84mと、とんでもなく広かった。また街路樹として柳が植えられ、並木道が整備されていたというのである。

ぼくは駅東口から千本通りを北へおよそ200m、約3分歩いた。

見つけた。

これが朱雀門の現在の姿だ。

朱雀門

もう、見落としてもしょうがない場所にあった。一見すると、墓標かと思った。

そうなのである。

現在の街並みは平安京を原型としているが、平安遷都以来、度重なる大雨・洪水・干ばつ飢饉・戦乱によって燃失したりボロボロになったりで、大内裏は歴史から消え去ったのだ。

写真と文 / 高橋友和

【参考資料>】
『平安の都』角田文衛編著 朝日新聞社 1994
『平安京 くらしと風景』木村茂光編著 東京堂出版 1994
『平安京解体新書』川合章子・中嶋もなか著 コーエー 2000

■朱雀門(跡)・・・
JR山陰線二条駅から徒歩3分。



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