Come Come 賀茂氏

おかげさまでこの『風水旅日記』もたいへん好評をいただいているそうだ。
読み終わった後に、急に京都を旅したいなって思ってもらえたら、ぼくはうれしいなぁ。
さて今月は上賀茂神社を二回に分けて特集する。

上賀茂神社

京都最古の神社といわれる上賀茂神社は、
正しくは賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)と言う。
賀茂別雷命(かもわけいかづちのみこと)を祀る。
創建のいわれはさまざまだが、たとえば『山城国風土記』逸文には
玉依姫(たまよりひめ)が賀茂川の川上から流れてきた丹塗の矢を床に置いておいたところ、姫は懐妊したとある。そして生まれたのが別雷命(いかづちのいみこと)とされている。

しかし本当は平安京ができるよりもはるかむかし、現在の京都市北部に勢力をもった賀茂氏一族が氏神としてあがめ、奉仕した神社である。成り立ちは下鴨神社もほぼ同じで、二社をあわせて「賀茂神社(もしくは賀茂社)」と言う。

賀茂別雷神社は「雷」の字からもわかるように、雷を神として祀っている。実はカミナリ様は水をコントロールする神なのだ。なぜなら雷は同時に雨をもたらし、農作物に恵みを与えてくれるものと考えられていたからだ。
ちなみにイナズマを「稲妻」と書くのも同じ理由である。

もともとは賀茂氏が五穀豊穣や一族繁栄を願うための神社だったが、平安京遷都後、桓武天皇はこの神社を国家安泰・都の北東守護の社として崇敬の対象とした。もしかすると、賀茂氏は京の先住民で一大勢力だったから、朝廷としては都の守護
のためにも協力関係を築いておきたかったのかもしれない。

上賀茂神社

風水思想に基づいて考えると、この神社が「水」と雷によって火を起こす「火」の要素を兼ね備えていることも、朝廷が手厚い崇敬の対象とした理由だろうと、ぼくは考える。

ちなみに賀茂氏の中から、平安時代に入り陰陽道の宗家を築いた人がいる。賀茂忠行(かものただゆき)である。彼は天皇家から絶大な信頼を得た人物であり、陰陽師のプリンス 安倍晴明(あべのせいめい)を教育した師匠としても知られる。

(忠行の子には、父と同じ陰陽師となった賀茂保憲(かものやすのり)もいるが、陰陽道が大嫌いで漢学の道に進んだ、慶滋保胤(よししげのやすたね)のような人物もいる。)

賀茂忠行が風水思想をいち早く取り入れ、朝廷内で確固たる地位を築けたのは、やはり賀茂一族のDNAのなせるワザだろうか。賀茂氏なくして風水都市 平安京は語れない。

現在、上賀茂神社は厄除け・方除け・落雷除け・電気産業の守護神とされ、建築会社や電力会社の祈願が多いそうだ。
うーん、カミナリ様に落雷除けをお願いするのも、なんだか矛盾しているような…。

上賀茂神社を調べていくと、すごいのである。ものごとのはじまりをたどると上賀茂神社にたどりつく、そんな神社だ。

次回、詳しく神社の中を案内したいと思う。神社内を歩くと、川が流れていたり、朱色の楼門がキレイで、もうなんだか平安時代のにおいがプンプンしてくる。ついでに言うと、ぼくの口がおちょぼ口になっていたりもする。

写真と文 / 高橋友和

■上賀茂神社・・・
JR京都駅から、市バス9系統西賀茂車庫行き御薗橋下車。
または4系統上賀茂神社行き終点下車 約45分。



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