風水と鞍馬寺のカンケイ

ぼくが鞍馬を訪れたのは、雨が降りしきる、11月のある日曜日のことだ。
叡山電鉄出町柳駅から鞍馬駅まで、およそ30分。駅を出ると左手には真っ赤な顔をした天狗の顔が待ち構えていた。鼻の長さは、1.5mを越しているのではないかと思う。

鞍馬寺

むかしから鞍馬山の天狗は僧正坊と呼ばれ、日本全国の天狗の総元締めだそうだ。そしてこの地で16歳まで武芸や学問を学んだ源義経(牛若丸)も、天狗から兵法を習ったという伝説が残っている。
さて駅から歩いて2、3分で鞍馬寺の入り口、仁王門へ着いた。
この寺は奈良時代末期の創建だが、寺としての輪郭がはっきりするのは平安時代に入ってからである。時の帝、桓武天皇は鬼門封じの比叡山延暦寺に続き、平安京造営の総仕上げとして鞍馬寺を整備した。都の北方を守護するための結界、鞍馬寺の誕生である。

鞍馬寺

ぼくは仁王門をくぐり、あとは標高410mの本殿金堂まで、石段と九十九折りの参道をひたすら上ることにした。門をくぐってすぐ右手にケーブルカーがあり、山の中腹まで7分間隔のダイヤで運んでくれる。しかし団体客が全員順番待ちをしているため、なかなか順番が回ってこなかったのだ。

急斜面に、一歩一歩足を踏み出すたびに、ふくらはぎがパンパンに膨らむのが分かった。まるで“プシューッ”と足から蒸気が出てきそうである。途中、サワガニがぼくの前を横切ろうとしているのに気づいた。避けようとしても足が思うように動かないので、サワガニが横切るまでそのままの体勢で休んだ。
「鞍馬の火祭」で有名な由岐神社は、歩いて7〜8分で到着。拝殿は建物の中央を石段が貫く様式で、国の重文に指定されている。
由岐神社を過ぎると、いよいよ九十九折りの参道だ。ジグザグに道が折れているため、ここから本殿金堂までは歩いて約1kmかかる。近いようで遠い道と言われている。どれほど前から言われているかというと、清少納言が『枕草子』の中で、「近うて遠きもの、くらまのつづらおりという道」と記しているほど前から言われている。
鞍馬寺本殿金堂に続く参道は、1200余年もの間、変わらないのである。その道をぼくは今、歩いている。感動した。

余談だが、清少納言は十二単を着て参道を歩いたのだろうか?本人もたいへんだろうが、おそばで仕える侍女たちは、もっとたいへんではなかっただろうか?などと心配してみた。
「ン、もうッ、清少納言様ったらこんなのを着てくるなんて…」
などとプンプン文句を言いつつ、少納言様のすそをたくし上げ、わっせわっせと手で持って歩いたに違いない。

鞍馬寺

ようやく本殿金堂へ。しかし内部は薄暗くて、ご本尊を拝むことはできなかった。たとえ天気が良かったとしてもよく見えなかったと思う。
ただし、確かにそこには非日常の空気が漂っていた。霊気とでも言ったほうがいいのかもしれない。

鞍馬寺

山を上りきった後の、清涼感もまた、いい。
さて、鞍馬寺の参拝を果たしたわけだが、問題はここからである。ぼくはこのまま貴船神社へ向かうつもりだ。方法は二つある。

ひとつは、もと来た道を下り鞍馬駅から一駅手前の貴船口で下車。貴船口駅から徒歩30分もしくはバスで貴船神社まで移動する方法。

もうひとつは、本殿金堂の裏から奥の院へ続く尾根伝いに山道を上り鞍馬山を山越えする方法。

ぼくは「山越え」を選んだ。義経堂や奥の院魔王殿などが道中に点在しているからである。(あとでさんざん後悔することになるのだが。)

義経が奥州へ下る前に名残を惜しんで背丈を比べたといわれる「背比べ石」まで、約400mさらに上る。しとしと雨は降り続ける。山道は険しいが、踏み固められているために思ったほどぬかるみはない。 昼でさえ薄暗く、うかうかしていると日没までに下山できないかもしれないと思ったので、ひたすら歩いた。
「背比べ石」を境に、下り道になる。しかし木の根道といって、山の地盤が固いために根っこが地中に潜れず、地表を這うように根を張っている。このため木の根っこに足をとられないように注意しながら山を下らないといけない。

鞍馬寺

ようやく奥の院魔王殿へ着いた。ここには何やらオカルトチックな話が残る。
寺の説明では、魔王殿には650万年前に金星から地球に霊王として降臨した「護法魔王尊」を奉っているという。創造と破壊をつかさどるらしいのだが、
「むむむ。破壊をつかさどるとは、なぜだ?」
と思った。平安京の北を守るのがあなたの仕事じゃないのッ、といいたいのだ。意外とアバウトな設置基準には驚いた。
かくして急な坂を下り終わり、ぼくは鞍馬山西端、奥の院西門へと出た。

「山越え」をするなら、鞍馬から貴船へ向かうコースを選ぶといいと思う。貴船から鞍馬では、歩き始めていきなり急斜面が現れることになり、このコースから来たすれ違う人々の顔を見ると、表情は絶望的なくらい、お疲れ気味なのである。
鞍馬一帯は伝説や逸話の宝庫であるだけにとどまらず、自然の宝庫でもあることは、言うまでもない。今年は例年より紅葉の見頃が遅い。今からでも鞍馬の紅葉は間に合うと思う。
ただし動きやすい服装と、履きなれた靴で行くことをおすすめする。
帰りに、両ひざがへなへな笑って歩きにくかったのは、何もぼくだけではないはずだ。

写真と文 / 高橋友和

■鞍馬寺・・・
叡山電鉄出町柳駅から約30分。叡山鞍馬線 鞍馬駅下車。



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